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映画「コクリコ坂から」を観てきた。
スタジオジブリの宮崎吾朗監督の最新作です。
感想でも書いてみます。


コクリコ坂から


1963年、東京オリンピックを前にした横浜が、ストーリーの舞台。
前半から、中盤にかけて、ずっと主人公の海と俊にまつわる学生生活や、
60年代の生活様式に焦点が当てられたシーンが続いた。

事前情報で、団塊の世代の人がとても懐かしく楽しんで観れる作品だと
いうことを聞いていたので、なるほど納得だった。
でも、前半から中盤にかけて、あまりにもそういったシーンばかりだったので、
間延びした感じでこの映画、大丈夫だろうか?と心配になった。


主人公の海や俊がを含めた学生がカルチェラタンの存続を掛けて、
討論し、行動を起こして行く。しっかりした若者像で描かれている為、
始めは大学生か?と思ったが、高校生の設定だった。
昔の人は今と10歳ぐらい精神年齢が違うということを聞くことがあるが、
このアニメで描かれている高校生の討論や言動は今の大学生でも
なかなか居ないかもしれない。

議論をし主張をし、自らの信念や活動を学問と共に展開して行ける
若者が今の時代には居るだろうか?
大きな時代の変化と良き日本像を垣間見たようなシーンが多かった。


中盤以降は海と俊の問題に焦点があたる。
正直、僕はこんな残酷で悲惨な恋愛のシーンがジブリアニメにあってよいのか?
と憤ったほどだ。「コクリコ坂から」はジブリアニメの中で一番嫌いなアニメに
なりそうだった。

ちなみに、僕がジブリアニメで一番嫌いなシーンは「魔女の宅急便」にある。
おばあちゃんが孫が好物だからといって、大切に焼いたニシンのパイを届ける。
それを受け取る孫が、「私このパイ嫌いなのよね」と言うシーン。
このシーンはあまりに残酷だけれど人間そのものを映し出す完璧なシーンだ。


そんな、シーンよりも海と俊の生い立ちと出会いは残酷ではないだろうか?
兄弟であるかもしれないことが分かった俊は海を避けるようになる。
「嫌いになったのなら、はっきりそう言って」と海は俊に言った。
こんなことが言える、海はある意味強い。

兄弟であるかもしれないことを告げられた海が寝込むシーンも、
とても精神的なリアルさがあるのではないだろうか?


この映画の凄さは60年代の情景描写でも時代背景でもない。
海と俊が持っているリアルな人間像。精神像なのかもしれない。


物語は終盤、ハッピーな形へと進んで行く。
ジブリアニメだから、ジブリアニメらしいスピード感と展開で、
観る者の心の変化、希望と共に終わりへと向かう。


僕は良い映画を観たと思った。良い大人のジブリアニメだった。
中盤から終盤のハッピーな展開はひょっとすると、まったく別の
結末があっても良いかもしれない。そんな結末も許せると思えた。

でも、ジブリアニメがジブリアニメらしく終わるなら、本編の通りだろう。


また、いつか「コクリコ坂から」をもう一度観たいな。

柏木吉基「人は勘定より感情で決める」を読んだ。

随分前に買って放って置いた本でしたが、
タイトルが魅力的ですよね。



人は勘定より感情で決める


売上アップを「自分の力」と事実誤認、若手vsベテランの話が噛みあわず会議が空回り、決断をひたすら先延ばししようとするマネージャー、すべての原因はこの“感情のカラクリ”にあった!ネガティブなメールを3秒で好印象に変えるコツから200万円がついつい安く感じてしまうマジックまで実例満載。


僕は”人は論理じゃなく本能で最後は決める”という
持論を持っていまして。。。

まあ、それに似た内容なのかなと思って読んでみました。
内容としては「行動経済学」という分野の基礎的な説明です。


個人的には以下の項目が勉強になりました。

・平均回帰
・価値関数
・確立加重関数
・サンクコスト
・保有効果
・現状維持バイアス
・利用可能ヒューリスティック
・代表性ヒューリスティック
・非合理な判断は3種類のバイアスから生まれる


僕の持論とは別の所にある内容でしたが、
人間の不合理な行動を裏付ける原理を説明しています。
ちょっと一回読んだだけでは内容を覚えられないので、
また、もう少し自分が成長したら読み返してみたいです。

面白いというよりは、「ふーん、そうか。」って感じですね。
勉強にはなるかと思います。


営業さんやマーケティングの人なら、
楽しんで読めるのではないでしょうか。

質問力を身に付ける為の書籍

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質問力を身に付ける為の書籍。
以前に、こんな記事を書きました。

何度も言いますが、コミュニケーションは対話なのです。
ですから、相手に如何にして話して貰えるかが大切。


でもなかなか出来るものじゃないんですよね…
一方的に自分の言い分を話して相手に伝えたつもりでいる。
どうやったら、相手に気分良く話して貰えるか?
どんな話なら相手が話してくれるのか?

普段から、そんなことを考えていたら、今通っている学部でも
同じ様なコンセプトで人と対話することについて追求した。
質問することで「オーラル・ヒストリー」を語って貰う。
人のキャリアや人生観を存分に語って貰える程の質問力っていうのは、
なかなか難しく、訓練が必要だと思います。

部下を持つ上司や先輩後輩の間柄でも同じでしょう。
本当のことを聞く為にどんな技術が必要なのか?
実践も踏まえて学んで行きたいと思う毎日です。



質問力―話し上手はここがちがう


この斎藤孝氏の「質問力」はさらっと読めて、質問力とは何か?
という表面的な部分をまず知るのに相応しい本だと思います。



人を動かす質問力


この本は是非、読むことをお薦めします。
内容は質問はそれ自体で武器にも防御にも使えるということが、
テクニックと共に惜し気もなく書かれています。
おそらく、この「人を動かす質問力」に書かれていることを
全て実践したいと思う人は少ないでしょう。

なんとも気分の良くないことでもあるからです。
心理学的な書籍に書かれている内容と重複する部分もありますね。


しかし、この本は「なぜ質問力が大切なのか?」をひたすらに
詳細な事例を織り交ぜて語ってくれています。

質問することで何が成し遂げられるか?
質問することは何に繋がるか?
質問そのものの意義を解説してくれています。


そして、この本は質問力による以下の6つの力を
手に入れることができると説いています。


①思いのままに情報を得る
②人に好かれる
③人をその気にさせる
④人を育てる
⑤議論に強くなる
⑥自分をコントロールする


会話の大切さ、言葉の大切さをもう一度噛み締めたいと思います。



オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録


そして、この本は少し質問力とは違いますが、
質問力がついてきたら、次は実践段階に必要な技術を得る必要があります。
その実践段階に必要な技術が書かれた書籍になります。


オーラル・ヒストリー」という言葉をご存知でしょうか?


量的な調査ではなくて、質的な調査に重きを置いた調査手法です。
人の記憶や体験を語って貰い記録するということです。
そんな、「オーラル・ヒストリー」の日本での第一人者である、
御厨貴氏が惜し気もなく、そのテクニックを記載しています。

人にインタビューする時はどういった準備が必要であるか?
どんな順序でどんな回数でどれだけの時間を使ってやるべきか?
そんな細かな点までも記載されています。


「徹子の部屋」とかちょっと思い起こしちゃいますが、
もっと深い所で人に人生を語って貰うというのは、
インタビュー相手とインタビューアーの信頼関係が必須です。


インタビューというのは簡単なヒアリングや質問の積み重ねであり、
集大成であると言えます。


一読の価値がありますよ。お薦めです。

トーマス・クーン『科学革命の構造』の要約と意見。

僕はこの本に巡り会えたことに感動を覚えると共に、
学ぶことの喜びと大切さを知ることができた。


古典と呼ばれるトーマス・クーンの『科学革命の構造』は
難解極まりない表現の積み重ねで書かれている。
ぼんやりとした気持ちではとても読みすすめることができない。
しかし、この難解な文章を読み解く中で、ありとあらゆる
実社会の構造そのものと照らし合わせることができる。


『科学革命の構造』は経営者のバイブルとしても知られている様です。
興味のある人もない人も一度、読むことを強くお薦めします。

ということで、トーマス・クーンの『科学革命の構造』の
クリティカルレビューを以下に記載します。



科学革命の構造


■はじめに
 本レポートはトーマス・クーン『科学革命の構造』を読み解き、実社会との関連性ある出来事を交えることで、本書の理解度を深めることが可能である。


■本書の要約
 著者トーマス・クーンは科学者の日常に行われている仕事を「通常科学」と位置づけ、それらの概念を『パラダイム』だと提唱した。『パラダイム』が如何に発生し、『パラダイム』が如何に打ち破られるのか、如何にして変化するのかを述べている。

 「通常科学」となりうること、それは様々な現象とその結果が日常化する中で、当たり前の様に人々がその現象と結果を受け入れるということ、現象と結果を受け入れるとやがて、定常的な概念、固定化された概念へと変化する。これらは一定の役割を持って受け入れられる。一定の役割とは「通常科学」としての役割であり、「通常科学」の研究、解析にの積み重ねにおいて科学は進歩して行く。

 しかし、これら「通常科学」化した事象には別の側面もある。「通常科学」化した現象を扱う者にとって、「通常科学」それ自体を疑問視しないまま固定化された概念の中に没頭し何の疑問も持たなくなってしまのである。この様な概念的な固定を「パラダイム」だと提唱する。『パラダイム』はある時期においては主流となる考えを牽引し、一定の成果を及ぼすが、『パラダイム』化した個人や集団はその事象の変則性に気付こうとしない。変則性に気付く者が現れた時に『パラダイム』の終焉の始まりが見えてくる。

 変則性に気付くことで『パラダイム』化した事象の実験的な装置の再構成や概念への疑問を抱くことが生じる。『パラダイム』化した事象の変則性の追求が成熟し、これまでの常識を覆す現象が発見できた者こそ、新しい科学の唱導者となる。『パラダイム』への異議は時に非論理的、非科学的とも言える論証の中を掻い潜り、受け入れられない期間を経て、「科学革命」へと遷移する。「科学革命」とは進歩的な結果でなくてはならず、旧パラダイムの論証との対立において完全に勝利を持った進歩的な新たな権威とならなくてはならない。
これらの「科学革命」そのものを『パラダイム・シフト』だと述べている。


■本書に対する意見
 クーンが提唱した『パラダイム・シフト』の遷移過程の中で注目すべき点は多々あるが、ここでは、『パラダイム・シフト』への初期過程について意見を述べる。
第六章「変則性と科学的発見の出現」において、変則性な事象とその科学的発見の出現について述べている。ここでいう変則性とは“実験を通したirregularな現象”のことを差しており、特定の機械、特定の方法を確立することで、その変則性に気が付くことが出来ると述べている。

 また、クーンは本項で以下が重要だと述べている。


通常科学は、知識の細密化と観側・理論の一致の制度を高める方向に進む。パラダイムなしでは、これは決して達成されるものではない。さらに細密化と観側・理論の一致は、研究者の目先の関心を越えた価値を持っている。予想したとおり機能するように作られた特殊設備なくしては、究極的には革新に導く結果は起こり得なかったのである。設備がある時でさえも、何をそえから期待できるかを「精密に」知って、何かおかしなことが起こればすぐにそれに気付くことのできる人にのみ革新はおとずれるのである。
[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』P72]

変則性はパラダイムによって与えられた基盤に対してあらわれてくる。そのパラダイムがより正確で、より徹底したものであればあるほど、変則性をより敏感に示すことになり、そしてそこからパラダイムの変更に導くのである。[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』[P73]


 つまり、クーンは本章で決まりきった日常の中に規則性を見出し、それを遂行することで、逆に変則性を見つけやすくするのだと述べている。変則性を見つけ出すことは容易ではないが、変則性を見つけ出せるもののみに革新は訪れ、次のパラダイムへと変化するのだという。これは日常における人の規律性にも置き換えられる広義的な意見であると言えよう。例えば、アスリートなど身体的な高みの中で結果を出そうとする目的を持った人間であれば、同じメニューのトレーニングを積み上げ記録の変則性を体験する。これは身体的特徴の変化を感じる上でも重要である。JRA騎士の武豊氏は以前、フジテレビ番組[とんねるずのみなさまのおかげ]内の食わず嫌い王の中でこんなエピソードを話したことがある。体重管理はシビアだという話の中で「僕は腕時計の緩みで100g単位で自分の体重変化を察知できます」と言って腕時計を付けた左手を振った。

 日常を平常的、規則的に過ごすことで、ある一定の物差しとなるものが出来て、それを基準にすれば、それから外れたものが浮き彫りとなる。それを発見できるか否かは個人の能力次第ということであるからして、次の三つの点に気を付けることが我々の日常生活においても『パラダイム・シフト』への遷移の初期段階に似た事象が発生した場合に対応できるのであろう。


① 特定の尺度、特定の価値基準を持つこと
② それらから外れた結果を発見できる目を養うこと
③ それらを受け入れる柔軟性を持つこと


 本書は科学における革命的な事象について述べた書籍であるが、社会を生きる我々の活動そのものの規範的事例の紹介だと言える。私達はこれらを踏まえ、規律ある生活を送り日々、自己と正しく向き合うことで自分自身はもとより、自分と他との相対関係やその変化についてアンテナを広げて置くべきである。また、微妙な変化を見逃さない目、変化が生じた場合の柔軟性を身に付けるべきであると考える。

問題解決の技術や手法を学べる書籍。
丁度、昨年の今頃ですかね。

問題解決に対するアプローチについて、
次々と話題になり関連書籍も軒並み話題になりました。


僕自身も仕事上でのミッションをどう解決して行こうか?
迷いながら日々過ごしていた時期でした。
そんな中、下記に紹介する二つの書籍は読み易かったと思います。



ワンランク上の問題解決の技術《実践編》 視点を変える「ファンクショナル・アプローチ」のすすめ


この本は「ファンクション・アプローチ」というキーワードを元に
問題解決の技術を丁寧に思考方法を解説しています。


問題の本質を丁寧に分解し、ダイアグラムに書き出して行きます。
その一つ一つをファンクションと呼び、問題のキーとなる
ファンクションを見つけ出します。

そのキーとなるファンクションを「キー・ファンクション」と呼び、
「キー・ファンクション」にこそ問題の本質があると捉え、
問題解決方法を導き出すファンクショナル・アプローチを行います。
インプットとアウトプットを量的に表すことで、
問題解決に無駄の無い効果的な手法を用いることが出来るのです。



はじめてのロジカル問題解決


この本でも同じように問題そのものを分解して、
ダイアグラムに書き出し、問題解決の糸口を見つける
思考方法が書かれています。

とても簡単に書かれているので、初心者向けと
いう位置付けかもしれません。


「Where?」「Why?」「How?」


を徹底的に考え抜くことで、問題の本質を探ると言う考えです。
問題解決の糸口は「レバレッジポイント」と言っています。
「ファンクション・アプローチ」でいう「キー・ファンクション」
に該当するポイントのことだと思います。

「レバレッジポイント」を探し出したら、
改善方法を導く為の「スコアリング」を実施します。
僕はこの「スコアリング」という手法は解り易すかったです。


この一年余り、問題解決に関する書籍を読んで、
ロジカルに思考を整えてみましたが、思考することと、
実践することには大きな壁が存在しました。

僕自身の中で解決できそうな思考が生まれたとしても、
それを共有し、共感してもらえないと物事っていうのは前に進みません。


問題解決する為には、まずは問題の共有と相互理解が必要ですね。
難しいです。永遠のテーマなのかもしれません。

映画「ソーシャル・ネットワーク」を観てきた。
世界最大のSNS「Facebook」誕生の物語。
2011年1月15日(土)より全国ロードショー。


ソーシャル・ネットワーク


昨年、2010年の9月頃でしょうか、僕の大好きなアーティストである
Nine Inch NailsのTrent Reznorが「Trent Reznor And Atticus Ross」と
いう名義で自分のレーベルであるThe Null Corporationから音源を出しました。

その音源は「ソーシャル・ネットワーク」という映画のサントラであるということで、
少しづつ全容が見えてきたと思いきや、Facebookの創始者の物語だということが、
判明したわけです。


で、Facebookはやっていないので、あまりピンときてませんでしたが、
やっぱ、Trent Reznorが音楽で関わっているとなると観ないわけに行きません。
ちなみにこの「ソーシャル・ネットワーク」のサントラは5曲無料でDLできます。


ソーシャル・ネットワーク サウンドトラック


この映画が持つストーリーの目新しさというのは、
それほど斬新なモノでも何でもないです。
内容というのは、端的に言って単純なサクセスストーリ。

ただ、この映画がもつテンポ感であったりカルチャーであったりが、
観る者を案外、魅了して行きます。
僕自身がネットサービスに従事する人間であるから、理解できる部分と
ITエンジニアである部分を差し引いても一定の面白さがあったと思います。


というのは、この映画で描いているサクセスストーリーは、
これまでの映画が描いている素材が違うわけです。
素材が違うというのはどういうことか?

それはエンジニアが主導でエンジニア目線で描かれている所です。
ビジネスサイドや資金供給サイド側のお話ではないということ。


また、この映画に出てくるFacebookやナップスターの創業理由と
いうのも時代を象徴する出来事だと思うのです。


 <彼女にフラれた→見返してやりたい>
 <ネットサービスを作って→女にモテたい>
 <創造主になり大金を手にしたい>


どういうことかというと。
その昔であれば、これらの動機って芸能人とか俳優、
ミュージシャンが持っている動機として知られていたので、
これまでは芸術的な物に携わる人間のサクセスストーリーって、
そういった人を主人公にした映画が多く作られてきたと思います。
モテたいからギターを持ってバンドを始めるとかそういうのね。


それが、モテたいからネットサービスを作るとか、
お金が欲しいからネットサービスを作るとか、
特にエンジニアが主体となって創造してサクセスして行く
ストーリーってのがこれまでは無かったんじゃなないでしょうか?
ひょっとしたら、小説などではあったかもしれませんが、
ここまで焦点を当てた作品が成り立つのも、エンジニアが発案した
サービスが世界を席巻するという、現代だからかもしれません。


丁度、今学校で、「クリエイティブクラス」だとか、
「クリエイティブ・インダストリー」だとかの勉強をした所ですので、
余計に感慨深く映画を観ていました。
ちなみに、「クリエイティブ・クラス」という言葉の概念は共感できます。
興味のある人は以下の書籍を読んでみると良いでしょう。


クリエイティブ・クラスの世紀
クリエイティブ・クラスの世紀


[第11回 「クリエイティブ・クラス」~21世紀の企業に求められる人材像]

「クリエイティブ・クラス」とは何か
今年の4月、日本で「クリエイティブ・クラスの世紀」(参考文献*1)という本が出版されて注目されている(米国で2005年に出版された原書の日本語訳である)。著者で米国ジョージ・メイソン大学公共政策大学院のリチャード・フロリダ教授(専門は地域経済開発論)の主張は、以下のように要約できる。


1.建築家、美術専門家、エンジニア、科学者、芸術家、作家、上級管理職、プランナー、アナリスト、医師、金融・法律の専門家など、高度にクリエイティブな職に就いている人を「クリエイティブ・クラス」と呼ぶことにする。「クリエイティブ・クラス」に属する人の数はめざましく増えており、米国では、労働者全体の約30%に達している。他の先進工業国でも同様の傾向である。


2.「クリエイティブ・クラス」は今後の経済成長を牽引するものであり、国家間、都市間、企業間で世界的に「クリエイティブ・クラス」の獲得競争が展開されている。


3.「クリエイティブ・クラス」の概念はエリート主義ではない。すべての人間はクリエイティブであり、労働者のうちの誰が自分の持っているクリエイティビティを利用して報われているのか、あるいは報われていないのかを明らかにするためにふさわしい概念として「クリエイティブ・クラス」を選んだのだ。私たちの社会は、人間のクリエイティビティを部分的にしか活用できていないし、現時点で「クリエイティブ・クラス」を構成する幸運な30%の労働力のやる気を引き出すことにも成功しているとはいえない。これは今後の大きな課題である。


『クリエイティブ・クラスの世紀』が提唱する内容は以下の四つ。
※参考:キャリアデザイン学入門Ⅱ(文化)荒川氏 講義内容

①人が誰しも持っている能力=創造性(自己実現ができる能力)。 学歴や職種ではなく、「何をやっているか」が重要。 仕事に対する喜びや自負を持つ(内発的な報酬)


②新しいアイデアやコンテンツ、技術やビジネスなどの創造に携わる
(科学者、エンジニア、教育者、アーティスト、エンターティナー、ビジネス、法律、金融、医療、等)。
~従来のホワイトカラー/ブルーカラーに代わる職業分類


③三つのT(才能talent、技術technology、寛容tolerance)
→クリエイティブ経済の発展に繋がる。


④クリエイティブ・クラスの特性:クリエイティブな都市や
ライフスタイルを好む(潜在力を活性化)。移動性が大きい、等。


「ソーシャル・ネットワーク」という映画が成立するのも、
それに登場するFacebookというリアルなツールが存在しているのも、
情報産業の更なる成長と経済活動に従事する者のパラダイムの変化を示唆
しているのかなと思うわけです。


ちょっと感慨深くないですか?

映画「サヨナライツカ」を観ました。
中山美穂が12年ぶりの主演ということで話題です。

サヨナライツカ 中山美穂


なんとなく、テレビCMの影響だろうか。
この「サヨナライツカ」が気になって仕方が無かった。
いつもの映画館で一番良い席で鑑賞した。


前半はとても話が強引すぎたので、ハズレかな?
と思ったけど、中盤から後半にかけての話の展開で、
僕は「サヨナライツカ」の世界にドップリ嵌り込んだ。

映画を酷評されている方がとても多い気持ちも分からなくない。
原作を読んでいる人は大事なシーンが抜けていると言い、
まっすぐで誠実な人はこの恋愛に共感はしない。


僕は、この映画をみていて、きっとこのシーンは原作では、
補足されている事実があるのだろうな。とか、登場人物の
説明されていない背景がある程度想像できたので、
感情移入ができたのかもしれない。


男目線で作られている映画である以上、都合が良い話だ。
だけど、良い話だし、良い映画だと思う。
25年経っても会いたいと思える関係ってなんだろう?
今を一緒に生きることだけが愛の形ではない。
違う未来を歩んだその先に交わる想いがあるのなら、
それも愛の形なのではないだろうか?


そんな、とても切ないロマンチック溢れる想い。
時間を越えた愛の世界を感じられます。
ちなみに、中山美穂の濡れ場は大したことが無いです。
むしろ、西島秀俊の肉体美の方が僕はクラクラしました。
筋トレしようかな。そんな感じです。


この映画、是非、観に行って欲しいですね。
僕は二度と観ないと思いますけど。

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