トーマス・クーン『科学革命の構造』の要約と意見 - a talk

トーマス・クーン『科学革命の構造』の要約と意見

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トーマス・クーン『科学革命の構造』の要約と意見。

僕はこの本に巡り会えたことに感動を覚えると共に、
学ぶことの喜びと大切さを知ることができた。


古典と呼ばれるトーマス・クーンの『科学革命の構造』は
難解極まりない表現の積み重ねで書かれている。
ぼんやりとした気持ちではとても読みすすめることができない。
しかし、この難解な文章を読み解く中で、ありとあらゆる
実社会の構造そのものと照らし合わせることができる。


『科学革命の構造』は経営者のバイブルとしても知られている様です。
興味のある人もない人も一度、読むことを強くお薦めします。

ということで、トーマス・クーンの『科学革命の構造』の
クリティカルレビューを以下に記載します。



科学革命の構造


■はじめに
 本レポートはトーマス・クーン『科学革命の構造』を読み解き、実社会との関連性ある出来事を交えることで、本書の理解度を深めることが可能である。


■本書の要約
 著者トーマス・クーンは科学者の日常に行われている仕事を「通常科学」と位置づけ、それらの概念を『パラダイム』だと提唱した。『パラダイム』が如何に発生し、『パラダイム』が如何に打ち破られるのか、如何にして変化するのかを述べている。

 「通常科学」となりうること、それは様々な現象とその結果が日常化する中で、当たり前の様に人々がその現象と結果を受け入れるということ、現象と結果を受け入れるとやがて、定常的な概念、固定化された概念へと変化する。これらは一定の役割を持って受け入れられる。一定の役割とは「通常科学」としての役割であり、「通常科学」の研究、解析にの積み重ねにおいて科学は進歩して行く。

 しかし、これら「通常科学」化した事象には別の側面もある。「通常科学」化した現象を扱う者にとって、「通常科学」それ自体を疑問視しないまま固定化された概念の中に没頭し何の疑問も持たなくなってしまのである。この様な概念的な固定を「パラダイム」だと提唱する。『パラダイム』はある時期においては主流となる考えを牽引し、一定の成果を及ぼすが、『パラダイム』化した個人や集団はその事象の変則性に気付こうとしない。変則性に気付く者が現れた時に『パラダイム』の終焉の始まりが見えてくる。

 変則性に気付くことで『パラダイム』化した事象の実験的な装置の再構成や概念への疑問を抱くことが生じる。『パラダイム』化した事象の変則性の追求が成熟し、これまでの常識を覆す現象が発見できた者こそ、新しい科学の唱導者となる。『パラダイム』への異議は時に非論理的、非科学的とも言える論証の中を掻い潜り、受け入れられない期間を経て、「科学革命」へと遷移する。「科学革命」とは進歩的な結果でなくてはならず、旧パラダイムの論証との対立において完全に勝利を持った進歩的な新たな権威とならなくてはならない。
これらの「科学革命」そのものを『パラダイム・シフト』だと述べている。


■本書に対する意見
 クーンが提唱した『パラダイム・シフト』の遷移過程の中で注目すべき点は多々あるが、ここでは、『パラダイム・シフト』への初期過程について意見を述べる。
第六章「変則性と科学的発見の出現」において、変則性な事象とその科学的発見の出現について述べている。ここでいう変則性とは“実験を通したirregularな現象”のことを差しており、特定の機械、特定の方法を確立することで、その変則性に気が付くことが出来ると述べている。

 また、クーンは本項で以下が重要だと述べている。


通常科学は、知識の細密化と観側・理論の一致の制度を高める方向に進む。パラダイムなしでは、これは決して達成されるものではない。さらに細密化と観側・理論の一致は、研究者の目先の関心を越えた価値を持っている。予想したとおり機能するように作られた特殊設備なくしては、究極的には革新に導く結果は起こり得なかったのである。設備がある時でさえも、何をそえから期待できるかを「精密に」知って、何かおかしなことが起こればすぐにそれに気付くことのできる人にのみ革新はおとずれるのである。
[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』P72]

変則性はパラダイムによって与えられた基盤に対してあらわれてくる。そのパラダイムがより正確で、より徹底したものであればあるほど、変則性をより敏感に示すことになり、そしてそこからパラダイムの変更に導くのである。[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』[P73]


 つまり、クーンは本章で決まりきった日常の中に規則性を見出し、それを遂行することで、逆に変則性を見つけやすくするのだと述べている。変則性を見つけ出すことは容易ではないが、変則性を見つけ出せるもののみに革新は訪れ、次のパラダイムへと変化するのだという。これは日常における人の規律性にも置き換えられる広義的な意見であると言えよう。例えば、アスリートなど身体的な高みの中で結果を出そうとする目的を持った人間であれば、同じメニューのトレーニングを積み上げ記録の変則性を体験する。これは身体的特徴の変化を感じる上でも重要である。JRA騎士の武豊氏は以前、フジテレビ番組[とんねるずのみなさまのおかげ]内の食わず嫌い王の中でこんなエピソードを話したことがある。体重管理はシビアだという話の中で「僕は腕時計の緩みで100g単位で自分の体重変化を察知できます」と言って腕時計を付けた左手を振った。

 日常を平常的、規則的に過ごすことで、ある一定の物差しとなるものが出来て、それを基準にすれば、それから外れたものが浮き彫りとなる。それを発見できるか否かは個人の能力次第ということであるからして、次の三つの点に気を付けることが我々の日常生活においても『パラダイム・シフト』への遷移の初期段階に似た事象が発生した場合に対応できるのであろう。


① 特定の尺度、特定の価値基準を持つこと
② それらから外れた結果を発見できる目を養うこと
③ それらを受け入れる柔軟性を持つこと


 本書は科学における革命的な事象について述べた書籍であるが、社会を生きる我々の活動そのものの規範的事例の紹介だと言える。私達はこれらを踏まえ、規律ある生活を送り日々、自己と正しく向き合うことで自分自身はもとより、自分と他との相対関係やその変化についてアンテナを広げて置くべきである。また、微妙な変化を見逃さない目、変化が生じた場合の柔軟性を身に付けるべきであると考える。

2015年7月

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