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そういえば、ちょっと前の話になるけど、
NHKドラマでクライマーズ・ハイってのを観た。


クライマーズ・ハイ
2006年5月12日 発売

クライマーズ・ハイ
クライマーズ・ハイ

たまたまチャンネルをポチポチと変えていたら、
佐藤浩市が出ていたので手が止まった。
クライマーズ・ハイの原作は知らなかったが、
佐藤浩市という役者はとても魅力がある。

原作者は横山秀夫。
あの「半落ち」の原作者でもある人なんだね。
そりゃぁ、面白いはずだぁ...


この作品の魅力は男の葛藤や男の仕事、
ひいては男その物の本質を描いている点だと思う。
そして、人間味溢れる登場人物が物語を彩っている。

また、原作者は元新聞記者である為、
劇中の日航機墜落事故の件はリアリティがある。
男なら誰でも楽しめる作品なので、
是非、一度は観て欲しい作品の一つです。

普段、CMの間は別のチャンネルを見てしまう僕。
しかし、強烈に心躍らせるCMがある。

ポッキー極細CM 「はじける極細篇」

このCMを初めて見た時は目が点になったと同時に、
顔がニタニタとして笑顔になってしまった。
何ていうのかなぁ???

自分が幼稚園児に戻って目の前で、
お遊戯の時間が始まった様な感覚が一つ。
それと、単純にちょっとしたロリコン的な感覚が一つ。
でも、性的な興奮を覚えるわけじゃない。
とにかく可愛らしいって感情が心を覆っている。

CMが好きじゃない僕にとって、
こんなCMは初めてだ…

ポッキー極細CM 「はじける極細篇」(30秒)

とっても良いCMです。
ガツンとヤラれてしまいました!

これを作った人に感謝感激。
ちなみに、この娘は新垣結衣って人らしい。

ゲド戦記を観た感想でも

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スタジオジブリのゲド戦記を観てきたので、
感想でも書きます。

ゲド戦記
ゲド戦記
スタジオジブリ

ゲド戦記の原作を過去に読んでいるわけでもなく、
予備知識がまったく無い状態で映画を観た。
感想は端的に言って、面白くなかった。
ゲド戦記のストーリー展開の不自然さや窮屈感が、
観る者をその世界へ引き込まない。

ゲド戦記は宮崎駿監督の長男である
宮崎吾朗の初監督作品です。
この映画は限られた時間の中で、
とても沢山のテーマが詰め込まれている。
伝えたい事を全部盛り込みたかったんだろうな…
しかし、そのテーマも目新しい物はなく拍子抜けをした。
メッセージ性については十分に伝わって来たけど、
それも今更感が否めないメッセージだった。

この映画で説明不足だと思うことは、
主人公アレンが持つ心の闇のこと。
その心の闇を抱いた経緯や過程について、
もう少し突っ込んで説明してくれると、
テルーやハイタカとの出会いによって変化した、
アレンの心が更に伝わって来るのかもしれない。


映画という限られた時間の中で、
表現するには無理があったんじゃないか?
そう思わせる作品ですね。
”現代の世情を主人公の成長や言葉を介して観客に訴える”
という意味では成功なのかもしれないですが…

画家、石田徹也への偶像

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石田徹也遺作集
石田徹也遺作集
石田徹也

石田徹也という画家との出会いは、
2006年9月17日 20:00~21:00
NHK教育が再放送した新日曜美術館という番組。
番組名:「石田徹也 悲しみのキャンパス」

テレビ画面越しに見た石田徹也の作品は
とても強烈に僕の心を掻き乱した。
その作品が放つ叫びや混乱は、
見るもの全ての人生観に影響を与えるだろう。

ある人は若かりし日の弱さを想い、
ある人は今を生きる矛盾を感じ、
ある人は未来への希望を模索する。


作品はとてもシュールに現代人や現代社会
そのものを作者自身との関わりの中で描いている。
サルバドール・ダリがシュールレアリズムなら、
石田徹也はマスシュールレアリズムに近いのかもしれない、
人の業(カルマ)を一手に引き受け彼のフィルターを
通して表現されるアートはPOPとさえ言えるだろう。


時代が石田徹也に近づいたのだろうか?


一つ間違えば、サブカルチャーとして、
封印されてしまったであろう作品達。
我々は石田徹也について様々な意見を書き、
凄まじい勢いで人から人へと伝えて行く…
便利な時代になったのは間違いないが、
時代は僕達にとっていつも残酷なんだろう。
”今”をもう一度、見つめ直してみたい。


そして、驚くべきことは、
石田徹也自身が2005年に31歳の若さで、
他界していること。
アーティストは特に画家は死ななきゃ、
一般大衆に受け入れられないのか?
そんなジレンマを僕は持ってしまった。

少しでも興味を持った方が居ましたら、
是非、石田徹也の作品を目にしてください。
そして沢山、検索してみてください。


石田徹也追悼展「漂う人」
http://www.cre-8.jp/snap/390/index.html

蛇にピアスはもう読まない

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蛇にピアス
蛇にピアス
金原 ひとみ (著)

先ほど飲んだ豆乳が咽返っているのか、
文庫化された"蛇にピアス"を読みながら、
通勤途中で吐き気が止まらない。

まじで、新宿駅で引き返して、
家に帰ろうかと思った。
しかし、読むことを止めるという方法で
それを回避することにした。


吐き気は四ツ谷駅に着いてからも止まらない。
何だかロックが聞きたくなった。
iPodの中を弄り、COMPLEXの最高のロックチューン、
CRASH COMPLEXIONを大音量で聞くことにした。
軽快なロックチューンを聞くことで、
蛇にピアスを読んだ不快感を中和する。
毒を以って毒を制するといったところだろうか。

南北線に乗り換えたところで、
同じくCOMPLEXのロックチューン、
DRAGON CRIME(East & West)を繰り返し聴いた。
落ち着いたギターリフの揺れを体全体で感じ、
会社に着く頃には吐き気は治まっていた。

二度と"蛇にピアス"を読むことはないだろう。


金原ひとみの"蛇にピアス"は
村上龍の"限りなく透明に近いブルー"
と比較されているみたいだね。
村上龍は一番好きな作家だけど、
"限りなく透明に近いブルー"は面白くない。
村上龍作品の中でも駄作中の駄作だと思っている。

この"蛇にピアス"は駄作な上に気持ちが悪い。
20ページしか読んでない僕がこんな批評をするのは、
大変失礼なことだと思うが、面白くない。


ただし、文学の様式とかディティールを紐解いて、
その素晴らしさに共感する人については
ある程度理解ができる。

村上龍の描写表現は細やかなそれを幾重にも重ねて、
見事なまでに読み手の想像力を刺激する。
インスタンスが発生した場合には、
その表現を縦に積み上げて、深いものにする。
といった印象がある。

それに対して、
金原ひとみの"蛇にピアス"の描写表現は、
細やかさに欠けるものの、素直でストレート。
淡々とした事実関係を平面に敷き詰めて、
詰め将棋のように読み手の想像力を征服する。

さっき、感情的に駄作と買いてしまったが、
描写表現がストレートすぎて、
オッサンには受け付けなかったということ。
"蛇にピアス"が放つ肉体的な痛さの表現に
詰まれてしまった僕は放棄するしかなかった。
つまり、逃げたということだけど...


村上龍や花村満月といった作家が好きな人は
一度、"蛇にピアス"にチャレンジして
みては如何でしょうか?

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
リリー・フランキー (著)

なんとも読まされているようなタイミングで、
東京タワー オカンとボクと、時々、オトンを読んだ。

リリー・フランキーって人はエロ話の天才な人。
トークがやたらに面白くて好きだったんだけど、
何やら良いとの評判だったのでこの本を買ってみた。

この間、祖母が亡くなったことで僕の中の死生観が
変化した時期でもあったし、感慨深く読むことが出来た。
この本を読み終えたのは少し前のことだけど、
思いを整理するつもりで感想を書いてみようと思った。

人が死ぬことについて、理屈じゃ語れない何か、
そこにある空虚感と無機質な何か、
誰もが一度は知るはずの感覚をこの作品は提供する。
そして、そんな感覚を少しは僕も知っている。

僕の祖母が死んでいる姿を見た時、
"死体は怖くない"ってことを初めて知ることが出来た。
死体を見ていると何か話してくれそうで、愛しくて...
時間がゆっくり、ゆっくりと進んでいる感覚がした。
おじいちゃんは仮通夜の晩、おばあちゃんと寝たいと
言って棺桶に並んで寝ようとしたが、皆に止められた。
そして、その晩におじいちゃんも心臓発作で入院した。
皆、口々に「おばあちゃんが寂しくて連れて行こうとしたんや」
と悲しそうな声で呟いていた。
あの夜、棺桶に並んで寝ていたら、本当に一緒に連れて
行かれていただろうと思う。

死体から抜け落ちた魂が僕らを見守っている気がした。
骨になって消えてしまう肉体を前に人間ってなんだろう?
って一晩中考えても答えなんて出やしない。
線香とロウソクを絶やさない、そんな一夜は思い出に更ける。

何もしてない、何も返せてない。
そんな思いと悔しさを皆が味わうんだね...


リリー・フランキーはそんな皆が味わう後悔を
文章として残してくれたと思う。
絶対に後悔するんだから、今ある関係性を大事にしろ。
そう投げかけている作品でもある。

この本の主題は"東京タワー"いつか登るはずの場所。
僕にとっての東京タワーは何かと言うと、
東京で"最初"か"最後"に行く場所と決めている。
上京した目的を果たした時に登ろうと思っていて、
未だ東京タワーには登ったことが無い。
また、東京に居ることを諦めた時には登ろうかと
思っているが、その時はきっと涙で東京の街は
滲んで見えないのだろう。

東京にやってきた人にとって東京タワーは敷居が高い。
東京タワーは見上げるものであって、簡単には登れない。
上空から東京を見下ろした所で、東京には勝てないからだ。
東京に勝つためにやってきた人々の大半が東京には勝てない。
だから、東京タワーにコンプレックスを抱いてしまう。
東京タワーはそんな場所だ。

僕は最近、引越しを考えているが、
東京を捨てることができない。
東京で何も成し遂げてないのに東京から
去るわけにはいかない。
だから場所は変わっても東京の側に居ることにした。

そんなこんなな出来事の最中にこの本を読んだので、
"読まされている"と感じた。勝手に感じてしまった。
だから、泣けなかった。むしろ怖くなった。
ずっと同じ時間は流れないから、喜びも悲しみも精一杯に
感じながら一生懸命に生きることを実践したい。
そう思える作品を読むことができて良かったと思う。

興味のある人は一度、読んでみては如何でしょうか。
きっと大切な人に電話でもしたくなるはずです。

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