福山雅治「東京にもあったんだ」について - a talk

福山雅治「東京にもあったんだ」について

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福山雅治の「東京にもあったんだ」が発売しました。
以前のライブレポでもこの曲について書きましたが、
もう一度この曲について書いてみます。


福山雅治
2007年4月11日 発売

東京にもあったんだ / 無敵のキミ(初回限定盤)
東京にもあったんだ / 無敵のキミ(初回限定盤)

僕自身この曲についての感想は、
なかなか整理できてないんだけど、
この曲が秘めているメッセージ力は、
非常に大きいと思う。

「東京にもあったんだ」ってことは、
東京以外にある何かが東京にもあった。
それを福山雅治は見つけたと言っている。
ここでいう東京以外ってのは、
故郷のことだろう。彼の故郷は長崎です。

かつての福山雅治は自分の感情を惜しげも無く、
言葉を楽曲に詰めて僕達に届けてくれていた。
「かつて」とはアルバムBOOTまでと考えて良い。
Callingから少しだけ変わり始める。
「東京にもあったんだ」を初めて聞いた時、
そんな昔の福山雅治が戻ってきた気がした。
もちろん楽曲のクオリティや言葉の選び方は、
あの頃とは違ってキャリアを重ねた男の作品だ。


何が昔に戻ったかというと、
内面の感情を直接的な表現で歌詞を書いたこと。
何かの番組で福山雅治は言っていた。
35歳を過ぎてやっと自由になれた気がすると。
いろんなシガラミを越えてやりたい事が出来る様になったと。

本当はずっと彼もあの頃のままなんだよ。
そして、背負ってきた重責から少し開放された昨今。
冷静に見つめてみると「東京にもあったんだ」と感じたわけ。
今までは登らなきゃならない壁があり、
自分の意思とは少し離れた所に目標が設けられ、
本来の福山雅治らしさをある意味殺していたのだろう。
売れること、売ること、売らされること。
全部を受け入れてきて、やっと辿り着いた。


"自分の状況が変われば見識も変わる"


走り続けている時には見えない物。
若さや未熟な感覚のままでは見えない物。
そういった物が見えてくる様になったら、
やっぱり、「東京にもあったんだ」って感じるのだろう。
僕はそう受け取りました。


今回の「十七年モノ」ツアーで、
"ただ僕がかわった"を歌っています。
何故、この楽曲が歌われたか解りますか?
考えながら聞くと良いと思います。


ただ僕がかわった
ひとりきり歩いてく帰り道で
遠くへ
IN THE CITY
かなしみは...
逃げられない
約束の丘
HARD RAIN
IN MY HEART
Good Luck
東京
東京にもあったんだ


こんな順番で上記の曲を聞いてみると、
色々と感じられるかも知れません。
「東京にもあったんだ」の本意を探してみてください。

2015年7月

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