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柏木吉基「人は勘定より感情で決める」を読んだ。

随分前に買って放って置いた本でしたが、
タイトルが魅力的ですよね。



人は勘定より感情で決める


売上アップを「自分の力」と事実誤認、若手vsベテランの話が噛みあわず会議が空回り、決断をひたすら先延ばししようとするマネージャー、すべての原因はこの“感情のカラクリ”にあった!ネガティブなメールを3秒で好印象に変えるコツから200万円がついつい安く感じてしまうマジックまで実例満載。


僕は”人は論理じゃなく本能で最後は決める”という
持論を持っていまして。。。

まあ、それに似た内容なのかなと思って読んでみました。
内容としては「行動経済学」という分野の基礎的な説明です。


個人的には以下の項目が勉強になりました。

・平均回帰
・価値関数
・確立加重関数
・サンクコスト
・保有効果
・現状維持バイアス
・利用可能ヒューリスティック
・代表性ヒューリスティック
・非合理な判断は3種類のバイアスから生まれる


僕の持論とは別の所にある内容でしたが、
人間の不合理な行動を裏付ける原理を説明しています。
ちょっと一回読んだだけでは内容を覚えられないので、
また、もう少し自分が成長したら読み返してみたいです。

面白いというよりは、「ふーん、そうか。」って感じですね。
勉強にはなるかと思います。


営業さんやマーケティングの人なら、
楽しんで読めるのではないでしょうか。

質問力を身に付ける為の書籍

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質問力を身に付ける為の書籍。
以前に、こんな記事を書きました。

何度も言いますが、コミュニケーションは対話なのです。
ですから、相手に如何にして話して貰えるかが大切。


でもなかなか出来るものじゃないんですよね…
一方的に自分の言い分を話して相手に伝えたつもりでいる。
どうやったら、相手に気分良く話して貰えるか?
どんな話なら相手が話してくれるのか?

普段から、そんなことを考えていたら、今通っている学部でも
同じ様なコンセプトで人と対話することについて追求した。
質問することで「オーラル・ヒストリー」を語って貰う。
人のキャリアや人生観を存分に語って貰える程の質問力っていうのは、
なかなか難しく、訓練が必要だと思います。

部下を持つ上司や先輩後輩の間柄でも同じでしょう。
本当のことを聞く為にどんな技術が必要なのか?
実践も踏まえて学んで行きたいと思う毎日です。



質問力―話し上手はここがちがう


この斎藤孝氏の「質問力」はさらっと読めて、質問力とは何か?
という表面的な部分をまず知るのに相応しい本だと思います。



人を動かす質問力


この本は是非、読むことをお薦めします。
内容は質問はそれ自体で武器にも防御にも使えるということが、
テクニックと共に惜し気もなく書かれています。
おそらく、この「人を動かす質問力」に書かれていることを
全て実践したいと思う人は少ないでしょう。

なんとも気分の良くないことでもあるからです。
心理学的な書籍に書かれている内容と重複する部分もありますね。


しかし、この本は「なぜ質問力が大切なのか?」をひたすらに
詳細な事例を織り交ぜて語ってくれています。

質問することで何が成し遂げられるか?
質問することは何に繋がるか?
質問そのものの意義を解説してくれています。


そして、この本は質問力による以下の6つの力を
手に入れることができると説いています。


①思いのままに情報を得る
②人に好かれる
③人をその気にさせる
④人を育てる
⑤議論に強くなる
⑥自分をコントロールする


会話の大切さ、言葉の大切さをもう一度噛み締めたいと思います。



オーラル・ヒストリー―現代史のための口述記録


そして、この本は少し質問力とは違いますが、
質問力がついてきたら、次は実践段階に必要な技術を得る必要があります。
その実践段階に必要な技術が書かれた書籍になります。


オーラル・ヒストリー」という言葉をご存知でしょうか?


量的な調査ではなくて、質的な調査に重きを置いた調査手法です。
人の記憶や体験を語って貰い記録するということです。
そんな、「オーラル・ヒストリー」の日本での第一人者である、
御厨貴氏が惜し気もなく、そのテクニックを記載しています。

人にインタビューする時はどういった準備が必要であるか?
どんな順序でどんな回数でどれだけの時間を使ってやるべきか?
そんな細かな点までも記載されています。


「徹子の部屋」とかちょっと思い起こしちゃいますが、
もっと深い所で人に人生を語って貰うというのは、
インタビュー相手とインタビューアーの信頼関係が必須です。


インタビューというのは簡単なヒアリングや質問の積み重ねであり、
集大成であると言えます。


一読の価値がありますよ。お薦めです。

トーマス・クーン『科学革命の構造』の要約と意見。

僕はこの本に巡り会えたことに感動を覚えると共に、
学ぶことの喜びと大切さを知ることができた。


古典と呼ばれるトーマス・クーンの『科学革命の構造』は
難解極まりない表現の積み重ねで書かれている。
ぼんやりとした気持ちではとても読みすすめることができない。
しかし、この難解な文章を読み解く中で、ありとあらゆる
実社会の構造そのものと照らし合わせることができる。


『科学革命の構造』は経営者のバイブルとしても知られている様です。
興味のある人もない人も一度、読むことを強くお薦めします。

ということで、トーマス・クーンの『科学革命の構造』の
クリティカルレビューを以下に記載します。



科学革命の構造


■はじめに
 本レポートはトーマス・クーン『科学革命の構造』を読み解き、実社会との関連性ある出来事を交えることで、本書の理解度を深めることが可能である。


■本書の要約
 著者トーマス・クーンは科学者の日常に行われている仕事を「通常科学」と位置づけ、それらの概念を『パラダイム』だと提唱した。『パラダイム』が如何に発生し、『パラダイム』が如何に打ち破られるのか、如何にして変化するのかを述べている。

 「通常科学」となりうること、それは様々な現象とその結果が日常化する中で、当たり前の様に人々がその現象と結果を受け入れるということ、現象と結果を受け入れるとやがて、定常的な概念、固定化された概念へと変化する。これらは一定の役割を持って受け入れられる。一定の役割とは「通常科学」としての役割であり、「通常科学」の研究、解析にの積み重ねにおいて科学は進歩して行く。

 しかし、これら「通常科学」化した事象には別の側面もある。「通常科学」化した現象を扱う者にとって、「通常科学」それ自体を疑問視しないまま固定化された概念の中に没頭し何の疑問も持たなくなってしまのである。この様な概念的な固定を「パラダイム」だと提唱する。『パラダイム』はある時期においては主流となる考えを牽引し、一定の成果を及ぼすが、『パラダイム』化した個人や集団はその事象の変則性に気付こうとしない。変則性に気付く者が現れた時に『パラダイム』の終焉の始まりが見えてくる。

 変則性に気付くことで『パラダイム』化した事象の実験的な装置の再構成や概念への疑問を抱くことが生じる。『パラダイム』化した事象の変則性の追求が成熟し、これまでの常識を覆す現象が発見できた者こそ、新しい科学の唱導者となる。『パラダイム』への異議は時に非論理的、非科学的とも言える論証の中を掻い潜り、受け入れられない期間を経て、「科学革命」へと遷移する。「科学革命」とは進歩的な結果でなくてはならず、旧パラダイムの論証との対立において完全に勝利を持った進歩的な新たな権威とならなくてはならない。
これらの「科学革命」そのものを『パラダイム・シフト』だと述べている。


■本書に対する意見
 クーンが提唱した『パラダイム・シフト』の遷移過程の中で注目すべき点は多々あるが、ここでは、『パラダイム・シフト』への初期過程について意見を述べる。
第六章「変則性と科学的発見の出現」において、変則性な事象とその科学的発見の出現について述べている。ここでいう変則性とは“実験を通したirregularな現象”のことを差しており、特定の機械、特定の方法を確立することで、その変則性に気が付くことが出来ると述べている。

 また、クーンは本項で以下が重要だと述べている。


通常科学は、知識の細密化と観側・理論の一致の制度を高める方向に進む。パラダイムなしでは、これは決して達成されるものではない。さらに細密化と観側・理論の一致は、研究者の目先の関心を越えた価値を持っている。予想したとおり機能するように作られた特殊設備なくしては、究極的には革新に導く結果は起こり得なかったのである。設備がある時でさえも、何をそえから期待できるかを「精密に」知って、何かおかしなことが起こればすぐにそれに気付くことのできる人にのみ革新はおとずれるのである。
[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』P72]

変則性はパラダイムによって与えられた基盤に対してあらわれてくる。そのパラダイムがより正確で、より徹底したものであればあるほど、変則性をより敏感に示すことになり、そしてそこからパラダイムの変更に導くのである。[引用:トーマス・クーン『科学革命の構造』[P73]


 つまり、クーンは本章で決まりきった日常の中に規則性を見出し、それを遂行することで、逆に変則性を見つけやすくするのだと述べている。変則性を見つけ出すことは容易ではないが、変則性を見つけ出せるもののみに革新は訪れ、次のパラダイムへと変化するのだという。これは日常における人の規律性にも置き換えられる広義的な意見であると言えよう。例えば、アスリートなど身体的な高みの中で結果を出そうとする目的を持った人間であれば、同じメニューのトレーニングを積み上げ記録の変則性を体験する。これは身体的特徴の変化を感じる上でも重要である。JRA騎士の武豊氏は以前、フジテレビ番組[とんねるずのみなさまのおかげ]内の食わず嫌い王の中でこんなエピソードを話したことがある。体重管理はシビアだという話の中で「僕は腕時計の緩みで100g単位で自分の体重変化を察知できます」と言って腕時計を付けた左手を振った。

 日常を平常的、規則的に過ごすことで、ある一定の物差しとなるものが出来て、それを基準にすれば、それから外れたものが浮き彫りとなる。それを発見できるか否かは個人の能力次第ということであるからして、次の三つの点に気を付けることが我々の日常生活においても『パラダイム・シフト』への遷移の初期段階に似た事象が発生した場合に対応できるのであろう。


① 特定の尺度、特定の価値基準を持つこと
② それらから外れた結果を発見できる目を養うこと
③ それらを受け入れる柔軟性を持つこと


 本書は科学における革命的な事象について述べた書籍であるが、社会を生きる我々の活動そのものの規範的事例の紹介だと言える。私達はこれらを踏まえ、規律ある生活を送り日々、自己と正しく向き合うことで自分自身はもとより、自分と他との相対関係やその変化についてアンテナを広げて置くべきである。また、微妙な変化を見逃さない目、変化が生じた場合の柔軟性を身に付けるべきであると考える。

問題解決の技術や手法を学べる書籍。
丁度、昨年の今頃ですかね。

問題解決に対するアプローチについて、
次々と話題になり関連書籍も軒並み話題になりました。


僕自身も仕事上でのミッションをどう解決して行こうか?
迷いながら日々過ごしていた時期でした。
そんな中、下記に紹介する二つの書籍は読み易かったと思います。



ワンランク上の問題解決の技術《実践編》 視点を変える「ファンクショナル・アプローチ」のすすめ


この本は「ファンクション・アプローチ」というキーワードを元に
問題解決の技術を丁寧に思考方法を解説しています。


問題の本質を丁寧に分解し、ダイアグラムに書き出して行きます。
その一つ一つをファンクションと呼び、問題のキーとなる
ファンクションを見つけ出します。

そのキーとなるファンクションを「キー・ファンクション」と呼び、
「キー・ファンクション」にこそ問題の本質があると捉え、
問題解決方法を導き出すファンクショナル・アプローチを行います。
インプットとアウトプットを量的に表すことで、
問題解決に無駄の無い効果的な手法を用いることが出来るのです。



はじめてのロジカル問題解決


この本でも同じように問題そのものを分解して、
ダイアグラムに書き出し、問題解決の糸口を見つける
思考方法が書かれています。

とても簡単に書かれているので、初心者向けと
いう位置付けかもしれません。


「Where?」「Why?」「How?」


を徹底的に考え抜くことで、問題の本質を探ると言う考えです。
問題解決の糸口は「レバレッジポイント」と言っています。
「ファンクション・アプローチ」でいう「キー・ファンクション」
に該当するポイントのことだと思います。

「レバレッジポイント」を探し出したら、
改善方法を導く為の「スコアリング」を実施します。
僕はこの「スコアリング」という手法は解り易すかったです。


この一年余り、問題解決に関する書籍を読んで、
ロジカルに思考を整えてみましたが、思考することと、
実践することには大きな壁が存在しました。

僕自身の中で解決できそうな思考が生まれたとしても、
それを共有し、共感してもらえないと物事っていうのは前に進みません。


問題解決する為には、まずは問題の共有と相互理解が必要ですね。
難しいです。永遠のテーマなのかもしれません。

PHaT PHOTOの作品講評が凄く為になる。
初めて、雑誌を買ってみたんだけど、良いですね。

phatphoto


何となしに、9-10月号を見ているのですけど、
この、PHat PHOTO CONTESTという座談会形式の
作品講評の内容がとても為になりますね。

アマチュアの視点と違うことが明確に文章から伺えますし、
この間ハービー山口氏のワークショップで見られた様な、
写真家の視点と着眼点の落とし所が随所に見えます。


アマチュアの視点での講評とは違うんですよね。
文章の中から、それをつむぎ出して参考に出来たら素晴らしい。
そんな思いで何度も作品講評とその作品を見ています。

答えは簡単には見つからないですが、
写真表現とは何か?をちゃんと身体に入れて、
取り組みたいなと思います。

丹野 章「撮る自由―肖像権の霧を晴らす」を読んだ。
ハービー・山口氏から薦めて頂いた本です。


丹野 章 (著)
2009年6月 発売
撮る自由
撮る自由


さて、写真を撮る行為というのは何でしょう?
写真を撮る行為それ自体は個人の目的でありますので、
なんら制限されるものでは無い。

要するに、本書が述べる自由の根底は撮る行為に制限はされない。
とのことだと思います。見える範囲は基本的に撮影可能。
但し、人物を撮影する場合はマナーが必要だね。
というのが本筋です。これらは明快に文章化されていますので、
写真家と言える僕ではないですが、共感できます。


ただ、本書にも明確に提言できていない、肝心の事。
それは公表についてですね。
写真を撮る行為は制限されるべきでもないし、肖像権の盾も弱い。
しかしながら、公表するとなると別ですよね。
僕の様なブログを主体に公表している人間は撮る行為=ブログへ。
という流れがごく自然です。
こうなってくると話は難しく、行き詰まります。

街中で個人の顔が特定出来る様なスナップ写真を撮り、
Webにアップした場合。肖像権というのはどうなるのだろうか?
もし、本人が肖像権を盾に掲載の中止を求めた場合は、
やはり中止するのだろうと思うけど、それは正しいのだろうか?

トレンドとか、風潮というのは、時代を追って変わります。
時代を追って変わるというのは、技術的な革新が大きいですかね。
技術が変わるとライフスタイルが変化するので、意識や法律の
改革が後手に回ってしまいます。
2009年現在ではその過渡期だと言えるかもしれません。


個人的な感覚ではこういった写真を撮り、公開する過程が、
どんどん窮屈になって行く世の中になるのだと思っています。
というのは、巨大マスや雑誌、展覧会などの範囲での写真公開と、
WEBでの写真公開では圧倒的にWEBが不利だからです。
不利というのは、一目に触れる母数の可能性というわけではなく、
コピーされて行くという不利さです。

今やPCやインターネットが詳しくない人でも、WEBに公開された
画像は誰でもコピー可能で抹消することを知っています。

コピーする行為そのものの恐怖や法律的な観点では無く、
コピーされることで、WEBに公開された画像は永遠に無くならない。
ということを心の何処かで危惧するのだと思います。


だから、撮られる側は警戒する。
何処の誰かが勝手に自分の写真を撮影し、WEBに公開した。
ある時、その写真は誰かのPCで閲覧された。
もうその時点で誰かのPCにコピーされていることになります。
撮影される側にとって不本意な写真の場合。
WEBに公開された時点で無限にコピーされる恐怖にさらされます。

仮にそのWEBを誰一人、閲覧することが無いかもしれませんが、
そんなことは撮られる側の心情には関係のないこと。


こう考えて行くと、やはり肖像権になるのか何なのか解らないけど、
写真を撮って、公開するというプロセスそのものに影響を与えますね。
僕は人を撮りたいのですが、なかなかそれに踏み込めません。
理由はこれまで述べた問題がクリアでないからです。

それは、芸術活動を行う者としてはとても愚の答えかもしれないけど、
今の僕にはダイナミックに心を解き放たれる法的な事例なり、
風潮なり、トレンドが必要なのかもしれません。


だから、まずはモデルを使用して撮影することを始め様かと思います。
こういった問題をディスカッションできる場があれば良いですね。

一川誠「大人の時間はなぜ短いのか」を読んでみた。
普遍的とも言えるこのテーマへの関心が増すばかりです。


一川 誠 (著)
2008年9月17日 発売
大人の時間はなぜ短いのか
大人の時間はなぜ短いのか


冗談抜きで、大人の時間はなぜ短いのか?を悩んでいます。
時間感覚が加齢と共に変わることへの反逆の為に、
まずは何故、大人の時間はなぜ短いのか?を学ばなくていけない。
そんな切実な思いから、この本を買ってみましたが。
何やら難しいことばかり書いていて面白くありません…

そういうことが知りたいんじゃないんだけどなぁ。
という項目がずっと続きまして、、、
第五章ぐらいから読めば、少し面白い仮説が出てきます。


身体的代謝によって心的時計の進み方が変わることは、様々な要因で時間の長さの感じ方が変わることに関連している。


なるほどね。代謝ですか…
考えてもみなかった。

身体的代謝が落ちると、心的時計の進み方が遅くなる。
したがって、1分、1時間、1日、1年が心的時計よりも早く進むとのこと。
つまり、実感として1分、1時間、1日、1年が経つのはまだ先と感じる為に、
時間が早く進んだと感じられるとの考え方らしい。


どうでしょう。単純な代謝だけの話で言えば、落ちてますよね。
だけど、かなりキープもしていますので、そう単純でもないですね。
季節感とか時間間隔を10年ぐらい前の感覚に戻したいと思ってます。

やれること、やっていることの母数が増えている分だけ、
時間の使い方に余裕が無くなっています。
何をすれば季節を感じ、時間を長く感じる生活になるのか?
時間の感じ方は人それぞれなので、僕の中で感じ方が変われば、
全てが変わったことになります。
ちょっと哲学的になって行きそうですが、挑戦です。


本当の意味で若返るって、こういうことかもしれない。
大切な時間との向き合い方を戻してみたい。

「他人に軽く扱われない技法」に爆笑した。
目を引くタイトルに期待が膨らむわけですが…


内藤 誼人(著)
2009年4月21日 発売
他人に軽く扱われない技法
他人に軽く扱われない技法


これを読んで実践しようとしたり、納得する人が居たら、
それこそが、「他人に軽く扱われる人」だと思うけどね。
批判的な感想を書いても何も生まれないと思いつつ、
意見だけ書いてしまうわけですが。。。

一つ一つはそういった一面もあるかもしれないケースが、
沢山紹介されていて、ある意味、面白いです。


この本を読みながら、自分の考えを再考したり、
見つめ直すきっかけにするのは良いかもしれません。
しかし、活字の本を読んでいて爆笑したの初めてかも。
この本を読んで爆笑できる人こそが、
「他人に軽く扱われない人」になる一歩かもしれません。


アマゾンのレビュー見ていたら買わなかったよ。
本の値段分は笑ったので良しとしたい。

NHK「出社が楽しい経済学」の単行本です。
今年の初め頃にNHK教育テレビで放送していた、
『出社が楽しい経済学』のテキスト。


吉本 佳生(編集)
2009年1月 発売
出社が楽しい経済学
出社が楽しい経済学


この「出社が楽しい経済学」って番組は面白かったです。
経済学に出てくる経済用語を解り易くドラマ仕立てで、
教えてくれました。
経済をちゃんと勉強したことの無い僕は、
番組の影響で経済学に興味を持ち始めています。

このテキストは番組で解説されていた内容が、
書かれていますので、
経済学と言っても何から学んで良いのやら?
って人にはピッタリだと思います。


絶対にお薦めです!

勝間和代「起きていることはすべて正しい」と語る。
何故か、無視ができない言葉だと思った。


勝間 和代(著)
2008年11月29日 発売
起きていることはすべて正しい
起きていることはすべて正しい


最近、勝間和代がグイグイきてますね。
テレビのインタビューや討論番組などを観ていて、
理由は解らないけれど、とても気になる女性です。
客観的なデータを用いて、合理性をとことん追求する。
こうすれば、こうなる。こうだから、こうなるはず。
妥協が感じられない自己追求はとてもストイックです。


「起きていることはすべて正しい」という言葉。
この言葉は聞き流すことが出来ない言葉に感じたので、
読んでみようと思いました。
符号化されたこの言葉の真実が理解したかった。
もっと言えば、「起きていることはすべて正しい」と思いたい。
だから、この本を手にして買ってみたわけです。


この本は彼女が語る生き方のフレームワークが詰まっています。
だけど、読み辛い上に、面白味が全く無かったです。
何故、勝間和代に興味が沸いたのだろうか?という根本的なことを、
もう一度、思い浮かべて見たくなりました。
そうすると、一つ思い浮かぶことがありましたよ。
僕は勝間和代のあの話し方が気になっているのかも…
彼女の語り方が、どことなく苛立ち半分で気になります。
話の内容よりも話し方に興味をを持った気がします。


丁度、この前もテレビでユニクロの社長にインタビューをしている
勝間和代を見ましたが、インタビューが上手くありませんでした。
なんとなく、ユニクロの社長も話しづらそうに見受けられたし…
彼女の話し方は自己満足なんですよね、相手の言葉を誘う話し方、
明らかな誘導尋問。呼吸の繋ぎ方、休符の取り方。
どれを取っても上手ではありません。
職業人として上手くないのではなく、人間力として欠けている感じ。
会話の不器用さが際立つ人です。

だけど、話の内容の密度は濃いわけです。
話が上手じゃないのに内容は濃いという、ギャップが面白い。
そんな彼女の微妙なバランスが受けているのかもしれない。
この本の内容その物はそれほど面白く無いのではなく、
彼女が話し下手であることを象徴する様な文章で、
大分損をしているんだろうな。と思いました。


読み手に伝わらなければ、伝えなくては意味がありません。
自己追求をするのであれば、まず。
話し方や人との接し方も追求してみればどうでしょう。
そんな勝間和代から僕も学びたいと思います。

伊東友香「寂しがりやのひとり好き」をご紹介。
詩人として活動されている彼女の著書です。


伊東友香
2004年11月 発売
寂しがりやのひとり好き
寂しがりやのひとり好き


伊東友香さんには随分前に写真を
提供して頂いたことがあります。

もう、5年近くも前になりますね。
あれから伊東友香さんは着実に実直に
自分の夢を掴んでいるのではないでしょうか。
ラジオのパーソナリティーやテレビに出演したり、
活躍の場が少しづつ増えています。


詩人・エッセイスト・歌手
様々な顔を持つ彼女ですが、才能豊かな
言葉の数々は枯れる事の無い泉の様です。

本書はエッセイであり、詩集です。
大人の女性の弱さや脆さを吐露しています。
せつない恋に想いを馳せたり、
男社会を生きる女性の気持ちを知れたり。
容姿端麗な彼女が放つ言葉の数々は、
”ロマンチック”が染み渡ります。

”メルヘンな日常”と”残酷な日常”を
繰り返す彼女の内心は常に揺らいでいます。
それは彼女だけが持つ感情ではないのでしょう。
ひょっとすると、女性の多くが持っている感情。
普遍的なテーマなのかもしれません。


孤独は人を強くします。
彼女は強い人間なのかもしれませんね。
僕はそう思います。

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